「口がくさい!」は唾液減少が原因?
1日に1.5Lも作られる唾液は加齢やストレス、病気で減少してしまう
【北村 昌陽=科学・医療ジャーナリスト 2014年12月4日】
人体が分泌する液体は、尿、涙、汗などいろいろとあるけれど、その中で感覚的に最も嫌われているのが、「唾液」かもしれない。「唾棄」(つばを吐き捨てるように、捨てて顧みないこと: 広辞苑)なんて言葉もあるぐらいだし。
でも、同じ液体が“よだれ”になると、「垂涎」(あるものを非常に強くほしがること:同)という表現になるわけで、これならそんなに嫌な感じはしないかも。
まあ文学的な意味はさておき、体が働くうえで、唾液は何をしているのだろう。東京歯科大学教授の角田正健さんに聞いてみよう。
よく噛むことで においの原因菌が抑えられる
「唾液が1日にどのくらい作られるか知っていますか?」と角田さんは話し始めた。答えはなんと1.5L。500mLペットボトル3本分にもなる。
この量は、1日に作られる尿の量とほぼ同じだという。もっとも、尿は体外へ排泄されるのに対して、唾液は大部分飲み込んで回収されるので、水分のロスは唾液のほうがずっと少ない。
唾液を作るのは、口の周りにある三つの唾液腺。ものを食べたりおしゃべりをすると、ここから唾液が出てくる。どこから出る唾液も中身はほぼ一緒だ。 「1.5Lという量は平均値。かなり個人差があります」。一般に若い人ほど量が多く、年を取るほど減少する。ストレスや、糖尿病のような病気の影響で減ることもある。
日常生活の中で、唾液量に大きな影響を与えるのが、食事。もう少し正確にいうと「よく噛むこと」だ。
「食べ物をしっかり噛むのが、唾液を出す要件。食事をちゃんとしていなかったり、ろくに噛まずにのみ込んでいると、分泌量が減ります」
するとどうなるか? 唾液には、(1)歯の再石灰化を促す(2)消化酵素で食べ物を消化する(3)抗菌作用で菌の繁殖を抑える─ という三つの大きな機能がある。唾液量が減れば、これらの作用が弱まってしまうことになる。
この中で、自覚症状として気づきやすいのが(3)。「口の中にすみつく細菌、特に嫌気性菌と 呼ばれる菌は、口臭の原因成分を作っています。この菌が増えるとにおいが強くなるのです」。
え、唾液が口臭と関係している?
嫌気性とは、「酸素が嫌い」という意味。私たち人間は酸素を使って生きているので、酸素 =生命の基本と思いがちだけれど、細菌の世界には、酸素が苦手な菌も多い。そういう菌たちは、歯と歯ぐきのすき間の奥底のような、よどんで酸素がほとんど届かない所にすんでいる。
食事をよく噛むと唾液が出てきて、口の中がすごい勢いで撹拌される。よどんでいた嫌気性菌のすみかにも、フレッシュな酸素と抗菌作用を持つ唾液が送り込まれる。すると嫌気性菌の増殖が抑えられ、口臭も出にくくなるわけだ。「日中は食べたりしゃべったりして唾液がよく出るので、嫌気性菌がおとなしい。夜間は唾液があまり出ないので、嫌気性菌が増えます。だから、朝の起き抜けは口臭が強いのです」
ストレスなどが原因で唾液が慢性的に減ってしまう「ドライマウス」でも、口臭は典型的な症状の一つ。お口のにおいが気になる人は、「唾液をしっかり出す」ことが大事なのだ。
だけど、ちょっと待って。マスクやハンカチなど、唾液が染みたものってけっこうにおいますよ。唾液がにおいを抑えるというけれど、矛盾していませんか?
「ああ、あれは、マスクの上で菌が繁殖したのです。唾液は無臭です」
唾液は、お口の健康を保つのに不可欠な存在。大切なのです。しかもにおいません。