治療のために庭の木を切り倒した患者さん
【日経メディカル 2014年7月25日】
慢性過敏性肺炎という疾患があります。一般的に過敏性肺炎といえば亜急性の過敏性肺炎を指すことが多いのですが、抗原暴露が長期化すると慢性の病態になってしまうことがあります。胸部CT検査では線維化した肺が観察され、特発性肺線維症と類似の画像所見を呈します。
慢性過敏性肺炎は抗原の回避をしたとしても肺はかなり線維化していますので、果たして抗原回避によって疾患が治癒へ向かうのかはよくわかっていません。それゆえ、これ以上肺が悪化しないようにするため抗原を回避するという側面の方が強いようです。しかしこの疾患概念には異論も多く、本当にそういった疾患が存在するのかどうか疑問を唱える研究グループもあります。
慢性過敏性肺炎の原因として「鳥」があります。鳥飼病(とりかいびょう・とりがいびょう)という名前を聞いたことがあるかもしれませんが、これは鳥と接触している患者さんに起こりうる慢性過敏性肺炎の一種です。
私の患者さんで、慢性過敏性肺炎が強く疑われる男性がいました。職場や家庭環境などを含めてその原因をつぶさに調べましたが、いまいち決め手に欠けるものばかりで、年単位で次第に肺の線維化が進行していきました。その患者さんの家の庭には大きな木があり、そこには毎朝のようにハトやスズメが飛来していました。
飛来する鳥が肺の線維化の原因である可能性は否定できません。といっても、他の吸入抗原が原因であることも十分考えられますので、鳥を完全に追い払うことはできずにいました。そして、悪化する病状を前にして患者さんの奥さんがとうとう私にこう言いました。
奥さん:「先生、庭の木を切りましょう!」
私:「……ええっ!?」
奥さん:「悪化するのであれば、もうできることはそれしかないです。色々なお薬を飲んでいる現状であと何ができるか考えたんです。鳥が大量にとまっているあの庭の木を切り倒すしかないと思います!」
上述したように慢性過敏性肺炎の疾患概念自体に議論の余地がある状況では、いささかやりすぎではないかと思いました。虫よけならぬ、鳥よけみたいなモノってないんでしょうか。しかし、患者さんと奥さんの目は真剣そのものでした。樹齢何年かわからないくらい大きな木だったそうですが、切り倒す日には多くの見物客が押し寄せたと聞きました。「病気の治療で庭の木を切り倒すんだってよ」なんて声も聞こえたとか。
木を切り倒してから1年が経過していますが、現時点では肺の病変は進行していないようです。本当に鳥のせいだったのかどうかはわかりませんが、木を切り倒してから呼吸がラクになったと患者さんはおっしゃっていました。